その日は、6月の長雨が小休止して久しぶりに朝から快晴だった。
だから、彼はその日の朝TVの天気予報の「降水確率0%」という文字を見てここ半年ばかり彼を苦しめ抜いてきた問題に決着をつける事を決めたのだ。
……不幸にも。
「好きです、付き合ってください」
なけなしの勇気を振り絞って一ヶ月前から考え抜いたあげく無難を通り越して陳腐に成り果てた台詞を一息に言って、彼女の眼前に映画のチケットを突き出しながら頭を下げた。
多分、この世の中にはもっとずっとスマートで美しい言葉によって紡がれた愛の文章が幾通りもあるのだろうが、少なくてもそれは彼の引き出しのどこを探っても他の言葉は初めから存在しなかった。
一体、どれくらい彼はその体勢でいたのだろうか。
聞こえるのは、遠くのグラウンドからの野球部ともサッカー部ともしれない威勢のいい掛け声と、調子のはずれた吹奏楽部の楽器音だけで、手に持ったチケットからは湿気が多めに含んだゆるい風が当る感触しか伝わってはこなかった。
そこには、伸びた空白があるだけだった。
5分、いや、10分だろうか。もしかしら、実際には30秒にも満たない空白でしかなかったのかもしれない。普通に考えれば、彼女が5分や10分もそのまま待っていてくれている訳がないのだから。後者であった可能性が高いのだろう。
もっとも事実がどうであれ、その空白が彼にとってはひどくひどく長く感じられた事だけは事実だった。
よくない予感と共に、顔をあげた彼を待っていたのは予想通りのものではなかった。予想以上のものだった。
「困るのよね、こういうの」
彼女は、彼の目をしっかりと見据えて淀みなく言葉を続けた。
「今、彼と微妙な状況なわけ。それとも、知っててやった? 後釜狙い?」
否定の言葉は、彼女のTVに映る政治家見るような視線に砕かれて彼の口から意味を持った文章として生み出される事はなかった。
その場で、そのままの姿勢で動かず、ただ眼球を動かす事で彼女の視線から逃れる事しかできない彼に、彼女はもう何も言わなかった。ただ、鼻で笑っただけだった。
色々察したのかもしれないし、ただ、単にもう関心がなくなっただけなのかもしれない。
それから起きた確かな事実は彼女はこの場から立ち去り、彼の初恋があっという間に過去の遺物に成り果てただけだった。
前日通り雨が降っていればなと、せめて降水確率が10%でもあったらと彼は思う。あのにこやかな天気予報士を恨む筋合いはないにしても、もうきっと二度と天気予報は好きになれないのだろうなぁと彼は思った。
それが、そのよく晴れた日に彼に起きた全ての出来事だった。
特に意味はありません。
思いつくまま書いただけです。